乳がん罹患とBRCA1/2遺伝子検査

 

BRCA1/BRCA2遺伝子異変で乳がんになる割合は、生涯で1万人におおよそ38名であり、それが原因で死亡する割合は、生涯で1万人におおよそ7名であり、一般の人が決し心配するレベルではありません。

 

BRCA1/BRCA2遺伝子異変検査の内容、有効性を理解するには、BRCA1/BRCA2遺伝子そのものとその検査方法を理解する必要があります。

BRCA1/2breast cancer susceptibility gene I/II)とは、がん抑制遺伝子の一種で、BRCA1は、17番染色体長腕のセントロメアに近い17q21.32領域にマップされ、24個のエクソンからなり、1863個のアミノ酸で構成されるタンパク質。BRCA2は、13番染色体の13q12-13に位置し27個のエクソンからなり、3418個のアミノ酸からなるタンパク質となります。

BRCA1は、DNA損傷時のシグナル伝達において重要な役割を持つことが知られており、うまく機能しないとDNAの修復がうまくいかないことになります。

 

BRCA1/BRCA2遺伝子ともに、大きなタンパク質であり、それに異常があると言ってもその異常の原因が単純ではありません。この状況は、たとえて言うならば、凶悪犯2人が逃亡しており、その一人は鎌倉市に、もう一人は藤沢市に潜伏していると言っているようなものです。それぞれの正体もわかっていませんし、何処に潜んでいるのかも明確ではありません。

しかも、家族性要因が強いため、その家族により原因が異なっている、つまり問題のある遺伝子の場所がことなっており、単純にBRCA1/BRCA2遺伝子異変といっても、1種類ではありません。それにより、その遺伝子検査も1種類と言うわけではなく、現状、ガンの原因となるBRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子のすべての異変を確実に同定できる技術はありません。

よくある検査は、この発見のもととなったアシュケナージ系ユダヤ人で同定された、三つの異変、BRCA1のエクソン2c.68_69delAG (185delAG または 187delAG) エクソン20c.5266dupC (5385insC または 5382insC)BRCA2のエクソン11c.5946delT(6174delT)を検査することです。例えばC68_69AGとは、約6000ある塩基配列の内の68番目のA69番目のGが欠損(del)しているということで、最初のcは、コーディング(Coding)領域すなわち遺伝子の中のアミノ酸を作成している領域で、これを別名の185delAG または 187delAGと言います。

これらは、決してすべての人種に汎用と言うわけではなく、現在BRCA1BRCA2の変異は、約2,000の異なる突然変異が報告されています。

そして、その突然変異スクリーニング(検査)法は、検査法それぞれ感度が異なります。一本鎖DNA高次構造多型解析やコンフォメーション高感度ゲル電気泳動などの研究施設で広く用いられている方法では、DNA塩基配列決定法により検出される突然変異のほぼ1/3が見逃されるとの報告があります。

また、乳がん患者の様々な人種のBRCA1異変保有率は、調べられている範囲内で、ヒスパニック系で3.5%、アフリカ系米国人で1.3%〜1.4%、アジア系米国人で0.5%、非アシュケナージ系白人で2.2%〜2.9%、およびアシュケナージユダヤ人で8.3%〜10.2%で、日本人の明確な数値はまだ出ていません。BRCA2に関しては、様々な人種のまとまったデータが見いだせません。

問題は、この遺伝子の変異を持っていた場合の乳がん罹患率は、これを浸透率と言いますが、様々な調査があり、その調査間で結果が一致しているとは現状言えませんが、

2件の大規模メタアナリシスの結果は

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12677558

Average risks of breast and ovarian cancer associated with BRCA1 or BRCA2 mutations detected in case Series unselected for family history: a combined analysis of 22 studies.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2267287/

Meta-Analysis of BRCA1 and BRCA2 Penetrance

 

下記表のようになっています。

研究

70歳までの乳がんリスク
(%)
95CICI = 信頼区間

70歳までの卵巣がんリスク
(%)
95CI

 

BRCA1

BRCA2

BRCA1

BRCA2

Antoniou et al. 

65 (44–78)

45 (31–56)

39 (18–54)

11 (2.4–19)

Chen et al. 

55 (50–59)

47 (42–51)

39 (34–45)

17 (13–21)

 

これらのデータは、高い値が示されていますが、一般にこれらのデータは、乳がん患者に対し行われ、年齢の高い患者50歳から70歳程度が多い、かつアシュケナージユダヤ人も含むものが多く、高めの値が示されます。これらは、あくまで、BRCA1/BRCA2突然変異キャリアの場合であり、しかも、前回指摘したようにBRCA1/BRCA2遺伝子異変で乳がんになる割合は、生涯で1万人に37名、1000人中おおよそ4名です。そして、乳がんで死亡する割合は一万人中140名、1000人中14名で、その中でBRCA1/BRCA2遺伝子異変で乳がんが原因で死亡する割合は、生涯で1万人におおよそ7名であり、決して心配する割合ではないことを繰り返しておきたいと思います。

また、これらは、BRCA1 c.185delAG / BRCA1 c.5385insC, 5382insC / BRCA2 c.6174delTのように、原因であると同定されている変異を調べているわけではなく、その影響が未定の変異をも調べており、正確な推定とは言い難いと思います。

実際に、上記3異変を含んだ、機能が明確な異変を知らべた、下記の報告では、

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10498392

Population-based estimate of the average age-specific cumulative risk of breast cancer for a defined set of protein-truncating mutations in BRCA1 and BRCA2. Australian Breast Cancer Family Study.
70
歳までの乳がんリスク(%)(95CI)は、36%(15%-65%)となっています。

 

このように、この遺伝子の変異があったからと言ってかならずしも乳がんが発症するわけではなく、その可能性が高くなると言うことしか言えません。

そして、その他の遺伝子情報(BRCA1,2のそのほかの個所、それとそれ以外の全DNA)が、その調査人種と同じであったと仮定しての検査となります(日本人の調査は現状有効なものはありません)。人はそれぞれ500から1000塩基ごとに違いがあり(これを遺伝子多型と言う)、その違いとのこの三つの異変との関連は明確に分かっていません。実際、この三つの異変を持つ人の間でも、乳がんになる人もいれば、ならない人もおり、また、似たような異変があった場合の解釈の仕方、その他のがん遺伝子、ガン抑制遺伝子との関連など明確になっていません。そこで、様々な他の関連遺伝子と組み合わせて遺伝子検査する方法がありますが、乳ガンの原因となるBRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子のすべての異変を確実に同定できる技術はないと言うことを再度申し上げておきたいと思います。

(続く)



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