乳がんの遺伝学(genetics)とエピジェネティックス(epigenetics)

 

遺伝子の発現

今までお話してきた様に乳がんになる理由の5〜10%がBRCA1/2に異変を持っていることが原因で罹患します。このように“遺伝子に基づいてなになにする”、表現することを遺伝学(Genetics)といいます。

遺伝学で理解しておいたほうが良いことは、遺伝子の基礎となるDNA(デオキシリボ核酸)は、23対の染色体の形で存在します。DNAには、約30億個の情報を持つ塩基配列があり、ヒトゲノムの解読より遺伝子数が22,287個あるとされています。

この遺伝子の一つが機能の一単位であるタンパク質を再生します。このタンパク質はアミノ酸から構成されていますが、DNAの3情報で一つのアミノ酸が作成されます。

ただし、約2万個ある遺伝子から常に全てのタンパク質が作れるわけではなく、どのタンパク質を生成するかで、機能を分類し、人体の組織、例えば、目、手、心臓、などなどさまざまな機能を実現します。つまり、全ての人体の組織内の細胞は全て同じDNAを持っていますが、そのどの遺伝子をONするか(発現するといいます)によって、その違いを実現しています。

BRCA1/2遺伝子

今までお話してきた、BRCA1/2は、一つの遺伝子の名前であり、22,287個ある遺伝子一つ一つに名前がついています。そして、遺伝子BRCA1/2のある箇所に本来の(実はこの本来が何なのかが以外に難しいが)情報とは違う情報がある(異常がある)ことが原因で、BRCA1/2が本来果たすべき人体としての機能が果たせないことが原因で乳がんを発症しているということでした。この本来の機能がどうのこうのということが遺伝学です。

エピジェネティックス

ここで少し視点を変えて、違う細胞でどのように違った機能を実現しているのでしょうか。これは、手短にまとめてしまうと、細胞の状態によりDNAにこの機能が必要という情報が伝わり、その機能を実現する遺伝に対し、必要なタンパク質を実現するように指令が出ます。そして、タンパク質を生成し、細胞が必要とされる機能を実現していきます。

この機能のうち(この一連の流れをセントラルドクマといいます)環境要因などの後天的な条件により、遺伝子の読み取り開始始点に、キャップのようなものが付いて、指令が来たとしても、タンパク質を作成しないようになることがわかってきました。この機能をエピジェネティクスといいます。このキャップ機能はDNA4つの塩基の中のC(シトシン)基(CpG)のメチル化やヒストン(DNAを巻き取るボールのようなもの)修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化など)などによって起こります。

エピジェネティックスと乳がん

そして、このエピジェネティクスにより特定の機能が働かないようになること、つまりキャップによるタンパク質の不活性化が、乳がんをはじめとするガンの発生の一要因であることがだんだん分けってきました。

これは、つまり生まれつき持つ遺伝の配列情報だけでなく、後天的に環境要因などで決まるエピジェネティクスによっても乳がんの発症が制御されているということです。これは、必ずしもBRCA1/2の異常というガンにないやすい要因を持っていたとしても、それが実際発現して、ガンへと変化していくかどうかは、エピジェネティクスという後天的なものにも影響されるということです。これは、言い換えれば、遺伝子に問題点があっても、環境要因のコントロール、つまり生活習慣などのコントロールすることが可能であるということです。

遺伝的要因と環境的要因

間接的な調査として、次のような面白い報告があります。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10977847

ABC of breast diseases. Breast cancer-epidemiology, risk factors, and genetics.

この報告では、年齢、育った土地、家族歴、ダイエット、飲酒、ホルモン剤など様々な項目の乳がんの発症のリスクの大小を比較しています。

その比較項目の一つとして、日本人の成長した土地での比較をしています。その比較は、日本に住む日本人、ハワイに住む日本人、サンフランシスコに住む日本人、そしてサンフランシスコに住む白人を比較しています。そして、毎年乳がんを発症する割合を比較して、もっとも少ないのが日本に住む日本人、もっとも多いのがサンフランシスコに住む白人ですが、面白いことにハワイに住む日本人とサンフランシスコに住む日本人はその中間であり、ハワイの日本人はより日本に近く、サンフランシスコの日本人はより、サンフランシスコに近いとの結果が出ています。

そうして一世、二世を比較して、遺伝的な要因よりも環境的要因、つまり育った土地柄の方が重要であると言っています。

そこでエピジェネティクスと乳がんとの直接的な関係が盛んに調べられるようになってきました。まだ、決定的な調査はないようですが、例えば次のような調査を見ると

 

環境的要因と乳がん

https://www.landesbioscience.com/journals/epigenetics/article/26880/

Differences in DNA methylation by extent of breast cancer family history in unaffected women

ニューヨークのBRCA1/2突然変異家系333名の調査をしたところ、母親が乳がんに罹患しているその子供の白血球のDNA全体のメチル化が、母親が乳がんに罹患していない子供に比べて、おおよそ17%少なくなっているとしています。この白血球DNA全体のメチル化の低下が、乳がんリスクの上昇に関連していることが知られています。
このように、乳がんの発症には、環境要因が大きく関与しており(遺伝情報より多く)、その少なからずの要因がエピジェネティックに関連していることが示唆されています。エピジェネティック新しい分野ですので今後様々な結果が出てくると思います。注目して見ていきたいと思います。

 


(トップページへ)