乳がんと遺伝子(BRCA1/2)の関係()

考えられる乳がんの発症リスクを低減させる予防策。

 

前回、乳ガンの原因となるBRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子の異変を同定することは容易ではないと申し上げましたが、その検査を受けるかどうかの判断には、受けることによるメリット、デメリットを明確に知る必要があると思います。ここでは、まず一般 (乳がんを発症していない) の方が検査を受けて何らかの異変があると判断された時に考えられるメリットを考えてみたいと思います。

 

1)考えられる乳がんの発症リスクを低減させる予防策。

現状考えられる予防策は基本的には、予防的乳房切除と化学的予防(予防薬)、定期的な健診があります。

 

1.化学的予防:タモキシフェン、ラロキシフェン

乳がんには女性ホルモン(エストロゲン:ER)が強くかかわっていることが示唆せれており、乳がんの6070%は、女性ホルモン(エストロゲン)の影響を受けており、エストロゲンが乳がん細胞の中にあるエストロゲン受容体と結びつき、がん細胞の増殖を促します。このような乳がんをエストロゲン陽性(ER+)の乳がんと呼び、化学的予防薬であるタモキシフェン、ラロキシフェンは、ER+の場合に有効であることが分かっています。

ラロキシフェンは、骨粗鬆症の予防薬でもあるため、こちらを推奨するものを見かけますが、今の前提、つまり、一般の女性が検査を受けて陽性となった場合に相当する、乳がんの高リスク(BRCA1/2が陽性)の一般の女性(閉経前後に関わらず)に関して調べられているのは、タモキシフェンのみですので、ラロキシフェンは、その選択の対象とはなりません。

 

Selective oestrogen receptor modulators in prevention of breast cancer: an updated meta-analysis of individual participant data.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23639488

 

また、ラロキシフェンとタモキシフェン差を調べた報告によっても、大きな差は見出されておらず、

Update of the National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project Study of Tamoxifen and Raloxifene (STAR) P-2 Trial: Preventing breast cancer.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20404000

 

タモキシフェンの高リスク女性をダブルブラインド(二重盲目試験)でタモキシフェンと偽薬(プラセボ)に割り振り、8年間の投薬とその後平均計13年:最長20年の追加調査結果をまとめている下記の報告を見てみます。

 

Twenty-Year Follow-up of the Royal Marsden Randomized, Double-Blinded Tamoxifen Breast Cancer Prevention Trial

http://jnci.oxfordjournals.org/content/99/4/283

 

項目

タモキシフェン
(20 mg/)

タモキシフェン

割合(%)

偽薬(プラセボ)

偽薬(プラセボ)

割合(%)

患者総数

1238

50.1

1233

49.9

50以下患者数

774

62.5

749

60.7

50-59患者数

367

29.6

374

30.3

60以上数

97

7.8

110

8.9

中心年齢

47(31-70)

 

47(30-30)

 

第一度近親者*

乳がん数0

43

3.5

58

4.7

第一度近親者

乳がん数1

959

77.5

959

77.8

第一度近親者

乳がん数2

210

17.0

201

16.3

第一度近親者

乳がん数3~

26

2.1

15

1.2

乳がん発症総数

96

5.6

113

6.6

非浸潤性乳管がん**

14

0.8

9

0.5

浸透性乳がん

82

4.8

104

6.1

投薬期間(8)

浸透性乳がん

44

4.5

48

5.0

投薬後

浸透性乳がん

38

5.1

56

7.6

ER−乳がん

24

1.4

17

1.0

ER+乳がん

53

3.1

86

5.1

投薬期間

30

3.1

47

6.4

投薬後

23

3.1

47

6.4

死亡総数

54

4.4

54

4.4

乳がんによる死亡

12

1.0

9

0.7

他のがんによる死亡

30

2.4

24

1.9

脳卒中

1

0.08

2

0.16

心筋梗塞等***

6

0.5

2

0.16

その他の死亡

5

0.4

17

1.4

注:

* 第一度近親者 両親、兄弟、姉妹、または子供のこと。

** 0期(非浸潤がん)

非浸潤性乳がんには2つのタイプがあります:

 

この結果よりみるべき項目は多々あり、それは読者がその数字から受け取るべきですが、2,3その助けとなるコメントを付けます。


A. タモキシフェングループの乳がん発症人数は96名、一万人あたり56名で、偽薬つまり処置をしないグループで、113名、一万人あたり66名、よってその差、一万人あたり10名、言い換えれば1000人あたり1名が平均13年間における改善効果と考えられます。

B.  非浸潤性乳管がんの発症は,タモキシフェングループ14(8/10,000)名、偽薬グループ9(5/10,000)でタモキシフェンは、逆に増やすかもしれない。


C.
  浸透性乳がんの発症は,タモキシフェングループ82(48/10,000)、偽薬グループ104(61/10,000)で、10,000名中13名の改善がみられる。ただし、これは、投薬期間(8)に限ると、44(45/10,000)名、48(50/10,000)で、10,000名中、5名で効果がほとんど確認できない。


D.
  期間中(平均13)の全死亡者数は、54(44/10,000)54(44/10,000)で差がない。


E.
  乳がんによる死亡も他のガンによる死亡者もタモキシフェングループの方が多くなっている。12(10/10,000)9(7/10,000)10,000名中3名の増加と30(24/10,000)24(19/10,000)10,000名中5名の増加。


F.
 静脈血栓症、心筋梗塞や心不全など重篤な循環器系疾患による死亡者が、タモキシフェングループで多くなっている6(5/10,000)2(1.6/10,000)10,000名中3名の増加。これは、他の調査でも同様で血栓症のリスクをタモキシフェンは高めると思われる。

 
全体的に有効な予防策と言えるかどうかは難しい判断かと思います。

(続く)


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